バイオリンに夢中な令嬢と、初恋をかなえたい王子
第十一話 ピアノとバイオリンの二重奏、愛を伝えて
この曲は、ピアノの独奏から始まる。無邪気で楽しいメロディ。そこにバイオリンが加わる。フィリックスの人生に、私が現れたのだ。
私は九才のときに、父母に連れられてターヤ王国へ行った。私は最初、ターヤ王国語が話せなかった。けれど私にはバイオリンがあった。ターヤ王国の国王は、親切にも私にフランツを紹介してくれた。
フランツのもとで私はバイオリンを習いつつ、自然とターヤ王国語も学んだ。フィリックスがいつも私を助けてくれた。満ち足りた五年間だった。ターヤ王国を去るとき、私は馬車の中でひたすら泣いた。
「ずっとターヤ王国にいたい。フィリックスとバイオリンを弾いていたかったのに」
別れの悲しみに、フィリックスのピアノが荒れ狂う。私のバイオリンは、つらい、つらいと泣きさけぶ。
ロワール王国に戻った私は、今度は故郷であるはずのロワール王国になじめなかった。長期間のターヤ王国滞在で、ロワール王国語を忘れてしまっていたのだ。言葉がおぼつかず、さらにもともと半分、外国人でもある。
一部の人間だけだが、私を「ロワール王国語を話せない混血児だ」とバカにする人たちもいた。私は家の中に引きこもり、ひとり陰気にバイオリンを弾いた。ターヤ王国に戻りたかった。
「初めまして、マデリーン。僕はアダン」
「僕はアドン。僕たちは双子だよ」
そんな私を外へ連れ出したのは、アダンとアドンだ。彼らは、私がフランツの弟子であると聞き、私に興味を持ったのだ。私は少しずつ明るさを取り戻して、ロワール王国語もスムーズにしゃべれるようになった。
私は、アダンとアドンを好きになった。彼らに、幼い恋心を抱いた。けれど、もし私がずっとターヤ王国にいたら、どうなっていただろう。私はきっと、彼らに恋しなかった。どこかでアダンとアドンと出会い、音楽を通じて仲よくなったとは思うが。
(私は、別の人と恋に落ちただろう)
フィリックスのピアノが変わる。くらやみに、一条の光が差しこむ。バイオリンも、もう悲しまない。ふたりそろって、前へ進み始める。私は、ピアノを弾く彼を見つめた。私は、フィリックスと恋に落ちた。そう確信が持てる。
いつも、そばにいてくれた。ターヤ王国の言葉も歌も教えてくれた。ともにバイオリンやピアノを弾いた。ターヤ王国王都の劇場で、隣り合ってオーケストラを聴いた。舞台裏にも遊びに行った。
(フィリックス、あなたを愛している)
華やかな結婚式の旋律、そして和音進行。祝福するピアノ。バイオリンは高らかに、愛を歌いあげる。フィリックスが驚いて、私を見た。ピアノを弾く手が止まりかける。
私の気持ちはバイオリンの音色にのって、ピアノ室中に響き渡った。愛しているという思い。愛されている喜び。私たちは、たがいに分かりあえる。私がターヤ王国から去って遠回りしたが、その遠回りでさえも愛おしい。
フィリックスのピアノも、甘く優しいものに変わる。私に愛をささやいてくる。ひとつに溶け合う、ピアノとバイオリン。この愛こそ至上のものであると感じる。こんなに気持ちのいい合奏は初めてだ。曲を弾き終えると、拍手が聞こえてきた。
「トレビアン!」
扉の方を見ると、アダンとアドンが手をたたいている。彼らは、うれしそうに両目を細めていた。私とフィリックスを祝福している。
だがアダンの隣で、ルイーズが震えている。彼女は私をにらんでいたが、その目は涙をたたえていた。私は彼女に同情したが、どうすることもできない。
王女は何かを話そうと口を開く。しかし何も言わず、くるりと背を向けてどこかへ走り去った。双子たちは、悩んだ顔をする。
「マデリーンたちの演奏を聴かせたのは、やりすぎだったのかもしれない」
「でも、何もかも思いどおりにしたいルイーズには、いい薬だったのかもしれない」
彼らは少し考えた後で、私とフィリックスの方を向いてほほ笑む。
「ルイーズは、僕たちが城まで送ろう。彼女は大切ないとこだ」
「そして幼なじみでもある。馬車の中で、彼女を優しくなぐさめるさ」
アダンとアドンは小走りで、ルイーズを追いかけていった。
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