水底呼声 -suitei kosei-
11−5
「君が隠したカーツ村からの手紙は,ウィルに送るように国王陛下に頼んだ.」
ライクシードの放ったせりふに,みゆは耳を疑った.
「どういうことですか?」
シャーリーを問いただす.
彼は完全に目が泳いでいた.
「君の部屋を清掃したメイドが見つけて,私に相談してきたんだ.」
ライクシードは,ため息を吐く.
「今ごろウィルは手紙を受け取っている.ミユ,来てくれ.君を村へ帰す.」
「駄目だ,ライクシード.」
シャーリーは反論を開始した.
「黒猫は信用できない.彼女は二度とやつと会わない方がいい.」
早口でまくしたてる.
「君もそう思うだろ? 私は君の味方だ.君ならウィルに対抗できる.」
ライクシードは瞳を伏せた.
そして意を決したように,顔を上げる.
「これ以上,手紙を隠した言い訳は聞きたくない.」
彼は怒っていた.
「悪いが,力ずくでミユは返してもらう.」
すらりと腰の剣を抜く.
シャーリーはひるんで後ずさりした.
馬上の騎士たちがあわてて抜剣して,ライクシードを囲む.
しかし彼らは,あきらかに腰が引けていた.
「わざわざカーツ村に戻ってどうする!? どうせ城へ行くのに!」
シャーリーがどなった.
しかし,ライクシードは動かない.
シャーリーはすねたように彼をにらんだが,やがてしぶしぶとみゆの背中を押す.
みゆは馬車から飛び降りた.
ライクシードは剣をさやに戻す.
騎士たちは迷いながらも,同じく剣を収めた.
ライクシードは馬から降りて,みゆに手を伸ばす.
が,みゆは一歩下がった.
村に帰りたい,でも彼は信用できない.
かといって,馬車に戻れば城へ連れて行かれる.
そして,この包囲陣から逃げて,ひとりで村へ帰れるとは思えない.
迷っているうちに,彼は差し出した手を下げた.
不信感に気づいたのだろう.
表情が暗くかげった.
みゆは悩んだ末に,
「私を,必ずウィルのもとへ帰してください.」
一語一語,しっかりとしゃべる.
今のせりふは彼を傷つけたのかもしれない.
けれど唇を引き結んで,青の瞳をまっすぐに見つめた.
「分かっている.」
ライクシードが無表情に答え,再び手を差し伸べてくる.
何も考えないようにして,彼の手を取った.
ライクシードはみゆを抱き上げて馬に乗せる.
「行こう,サウザーランド.」
手綱を引いて,歩き出す.
彼が口にした名前に,みゆは驚いた.
みゆたちを囲んでいた騎士たちは,すっと道を譲る.
ライクシードは無言で進んだ.
しばらくたつと,馬車が立ち去る音が背後で響く.
音が遠ざかると,ライクシードが振り返らずに話しかけてきた.
「すまないね,ミユ.」
いきなり謝罪した.
彼の謝りぐせは変わらないらしい.
「シャーリーは,あせっているんだ.」
銀の髪が鈍く,太陽の光を反射している.
彼も髪を切ったときに,すっきりしたと感じたのだろうか.
「このままではウィルが君を城へ連れていき,また大きな手柄を立てると思ったのだろう.」
「手柄ですか?」
みゆはたずねた.
「あぁ.彼には,――いや,ウィルと君には,今まで誰も行けなかった神聖公国へ行き,暗号の本を持ち帰った実績がある.」
えらくほめられている.
「さらにウィルは,ドナート陛下にわが子のようにかわいがられている.」
またウィル王子説が出てくるのか.
みゆは身構えた.
「実は城内では,陛下は王位継承者にウィルを指名するとうわさが流れているんだ.」
「何ですか,それは?」
驚きを通り越して,あきれてしまう.
いったい少年は,どんな立場にいるのだ.
「ただのうわさだよ.」
ライクシードは声を立てて笑った.
「けれどシャーリーは,ウィルを警戒している.」
王位を巡るライバルとして,嫉妬していると言う.
「だから手紙を隠し,君を城へ連れて行こうとした.」
つまりウィルに対する対抗心で,彼はみゆを連れ出した.
ライクシードへ乗りかえるように勧めたのも,そのためだ.
「迷惑です.」
みゆは,はっきりと告げる.
「ウィルは玉座なんて望んでいません.」
「そうだね.」
彼は同意した.
みゆの知らない間に,ウィルとライクシードは仲よくなったのだろうか.
ライクシードは少年のことを理解しているようだ.
みゆは所在なく,馬の首あたりをなでた.
すると馬はうれしそうに,足取りを軽くする.
やはりサウザーランドだ.
神聖公国をたつときにバウスからもらった馬が,なぜライクシードとともにいるのか.
「殿下,」
呼びかけると,彼は初めて振り返った.
彼の視線の真剣さに,みゆは身がすくむ.
「私はもう王子ではない.どうか名前で呼んでくれないか.」
言葉には,簡単に了承できない重みがあった.
みゆが困っていると,彼はふっとほほ笑む.
「今のは忘れてくれ.」
背を向けて,足を動かす.
しかしサウザーランドは,とまどった顔をして振り返った.
だがライクシードが手綱を引っぱると,従順についていく.
気まずい雰囲気の中で,みゆは遠くを眺める.
村の方に目をやると,男たちの集団がやってくるのが見えた.
「村長さん!?」
カーツ村の男たちが,おのや木棒を持って歩いている.
「君を助けに行くのかな?」
ライクシードはとまどっている.
徒歩で馬車に追いつけるわけがないが,おそらくそうなのだろう.
みゆのために,せいいっぱいの武装をしてくれたのだ.
みゆは馬上で大きく手を振った.
「村長さん,私はここです!」
彼らはすぐに気づいて,手を振り返す.
「よかったね.」
ライクシードがつぶやく.
実のこもった声だった.
本当に心から,村長たちとの合流を喜んでいる.
みゆは馬から飛び降りた.
そして彼の名前を呼ぶ.
「ライクシードさん,助けていただいてありがとうございます.」
青の瞳が,かすかに見開く.
「疑ってしまって,申しわけありませんでした.」
深々とおじぎをして,彼に対するわだかまりを溶かした.
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