リオノスの翼 ―少女とモフオンの物語―
5−5
「へ?」
瞳はあっけに取られた.
あの温厚なシフォンが,暴力を振るった.
しかも王子に.
「予算は要りません.保護区を閉鎖したいなら,お好きにどうぞ.」
冷たい声音に,彼が怒っているのが分かる.
「瞳は返してもらいます.僕は僕なりの方法で,リオノスを守りますから.」
「勇者…….」
レートはしりもちをついたまま,ぼう然としている.
シフォンは瞳を助け起こすと,そのまま抱き上げて,サラの背中に乗せた.
瞳の荷物を拾ってから,サラによじ登り,瞳の後ろに座る.
王子が正気づいて,
「待て!」
走り出すよりはやく,サラが天井に向かってジャンプした!
瞳の視界が,金に染まる.
上昇する,駆け上っていく.
瞳たちはサラにしがみつき,ふと風を感じると,一面の青.
雲ひとつない空に,太陽が輝いている.
下には城の屋根があり,窓からは大勢の人が目を丸くして見ている.
瞳のおしりの下あたりから生えている翼が,ばっさばっさと動いた.
純白の羽根が舞い踊り,翼はどんどん大きくなる.
ついには,サラの体の何十倍にもなった.
「リオノスが飛んでいる.」
シフォンが震える声で,つぶやく.
「僕らを乗せて.」
サラは街の上を,優雅に滑る.
街の人々もまた驚いて,空を仰いだ.
いきなりシフォンが,うおーーっとおたけびを上げる.
「すごい! 最高だ!」
ぎょっとする瞳に,抱きつく.
「君は,僕が子どものころからの夢をすべてかなえてくれた!」
そして無理やりに,唇を合わせる.
口づけを終えると,眼下の人たちに手を振った.
わぁっと声が返ってくる.
男も女も手を振り返し,シフォンはさらに興奮して両手を上げた.
「クースの空にリオノスが来るのは,何十年ぶりかのぉ.」
街灯の隣で,杖をついた老人が涙ぐむ.
子どもたちがレンガ道を走って,瞳たちを追いかける.
「お兄ちゃん,こっちにも手を振って!」
シフォンはすぐさまこたえた.
父親に肩車された子どもが,サラを指差す.
「モフオンだ! 大きなモフオンが飛んでいるよ!」
「ちがう,リオノスさ.」
父親はまぶしげに目を細めた.
「国旗に描かれているだろう? あれこそがリオノスの翼,私たちの国の象徴だ.」
街では,みんな楽しそうにサラを見ている.
落ちてくる羽根を取ろうとしたり,窓から身を乗り出してハンカチを振ったり.
「瞳,君も手を振ってごらん!」
ほおを紅潮させるシフォンに,「遠慮します.」と瞳は苦笑した.
さすがに恥ずかしい.
しかし子どもみたいにはしゃいでいる彼はかわいいと思った.
シフォンは,サラの体を優しくなでる.
「さぁ,保護区へ帰ろう.けれどその前に,国中の空を回ろう!」
サラは同意して,翼を力強く羽ばたかせた.
「君の美しさを,すばらしさを,世界中に教えるんだ!」
風がシフォンと瞳の髪をなぶり,太陽の光がさんさんと降り注ぐ.
金色のリオノスは瞳たちを乗せて,どこまでも飛んでいった.
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