乙女ゲーム前日譚の脇役ですが、王子様の笑顔を守るためにがんばります。
第十話 悪役令嬢から弾劾されました
「うわさで聞いたのです。ジュリアさんにはご不快でしょうが、侯爵家や王家の方々は、どうしても人々からうわさされますから」
私は平然とうそをついた。この話には、不自然な部分はない。実際に高貴な方々は、周囲から注目される。ましてや魔法学校はブランド力がある。誰々が受験するらしい、誰々が合格したらしい、という風にうわさされてもおかしくない。
「そうですか」
ジュリアは一拍置いてから答える。私がぼろを出さなかったから、残念に思ったのかもしれない。彼女はまた質問してくる。
「研究所の所長さんから、ソフィア先輩は、私の開発したカッコントーとユケツに興味があると聞きました」
「入所したばかりのとき、私はカッコントーの製造に関わっていました。私の初めての仕事です。だからカッコントーは今でも、特別な薬です。開発者のあなたにも会ってみたかったです」
私はほほ笑んだ。初仕事で扱った薬に思い入れがあるのは、よくあることだろう。ジュリアはいらついたらしく、眉根を寄せた。攻撃的な口調で話し出す。
「ソフィア先輩は賢い方なのですね。チート能力はないモブキャラだと思いますが。私みたいに、赤ちゃんのときから前世の知識があったのでしょう? そのわりには、普通でうらやましいです」
彼女のこげ茶色の瞳は、私を見下していた。いや、ねたみも感じられた。彼女は、前世の記憶のせいで苦労したのかもしれない。私はどう反応していいのか分からず、ただ軽く顔をしかめた。
「一年前に、ミケーレ先輩からあなたの名前を聞いたときから、ずっとあなたを疑っていました。私と同じ日本からの転生者ではないかと」
ジュリアは私を観察する。転生だの前世だの、何の話ですか? とシラを切るべきだろうか。だが、もうこれ以上、うそを重ねるのは苦しい気がした。
「あなたは今日、私が転生者と確かめるために研究所へ来たのですか?」
私はたずねる。転生してきたと認めた私に、ジュリアはほっとした。おそらく、私が元日本人と確信が持てない状態で発言したのだろう。
失敗すれば、頭のおかしい人間扱いされるリスクをおかして、私に前世の知識があるかどうか確認した。しかし、そんなことをわざわざ確かめて、どうするつもりだろう。
「はい。それと、もうひとつ用事があります。そちらの方が本題です」
ジュリアは、まじめな表情になった。
「私たちは、乙女ゲーム『光のスペランツァ』の中の世界にいます。一年後の九月には、主人公のサラがコルティーナ魔法学校に入学し、ゲーム本編が始まります。けれどすでに、ゲームの設定が狂っています」
彼女は厳しい目を、私に向けた。
「ミケーレ先輩は今、王子ではありません。婚約者がいるのはゲームの設定どおりですが、婚約者が私ではなくあなたです。侯爵令嬢の私が王子の隣にいて、サラのライバルになるはずなのに、ただの研究所所員で平民のあなたがライバルの座におさまっています」
彼女はいちいち、かちんと来る言い方をする。私は不愉快になったが、だまって話を聞いた。
「性格もだいぶゲームと異なります。この前の六月に開催された卒業・進級パーティーで、ミケーレ先輩はエドアルド先輩と踊っていました。男同士のダンスに、周囲は失笑していました」
私はむっとする。なぜならジュリアは、自分の都合のいいように話を切り取っているからだ。パーティーに関しては、私はミケーレ本人から話を聞いている。
「ソフィア以外の女性と踊りたくなくて、エドアルドと踊ったんだ。そうしたら、予想以上に周囲に受けた。俺たちが踊った後で、ほかの生徒たちも男同士、女同士で踊って、すごく盛り上がった」
ミケーレは、パーティーが楽しかったのだろう、思いだし笑いをする。
「『バカ騒ぎだ』『情けない』とまゆをひそめる人たちもいたけれど。多分、来年も、同性同士や異性同士で、みんな好き勝手に踊りそうだ」
だからジュリアは、本当のことを全部話しているわけではない。
「私は、今の陽気なミケーレ君が好きですよ」
私は笑みを浮かべた。すると彼女のまゆが跳ね上がる。
「ふざけないで! あんなのがミケーレ王子なわけがないじゃない」
彼女は大声でどなる。
「本来ならミケーレ先輩は王子で、国王にもなれる人なのに。あなたのせいで、彼は下位貴族の男爵ですよ。毎日、へらへら笑っているし、マザコンっぽいし」
ジュリアが冷静さを失ったおかげで、逆に私は冷静になれた。ミケーレは王位を望んでいないし、男爵であることに引け目を感じていない。
毎日、笑顔なのはいいことだと思う。さらに母親を大切にするのは、ミケーレの美点のうちのひとつだ。ジュリアは激した後で、ひとつ息をついた。
「私は主人公のサラが入学するまでに、この世界をゲームどおりのものに戻します」
「何のためにですか?」
私は質問した。そんなことをして、ジュリアに何の得があるのか?
「この世界のためです」
彼女は、当然だとばかりに胸を張る。
「サラがゲーム本編を滞りなく進めて、卒業・進級パーティーの前に、復活したやみのドラゴンを倒すために」
ゲームの本編がゲームどおりに進めば、サラは九月に入学する。その翌年の六月には、世界をほろぼすやみのドラゴンがながい眠りから覚める。
そのドラゴンを、光の聖女であるサラが、好感度の高い攻略対象キャラたちと倒すのだ。しかしゲームは恋愛が主体で、このドラゴンはあまり重要ではない。
前世の私は、サラの魔法レベルをこつこつと上げていたので、五ターンぐらいでドラゴンは倒せた。時間にして五分くらいで、世界滅亡の危機は去った。
ドラゴンを倒した後、サラは一番、好感度の高いキャラとパーティーに参加する。パーティーでダンスを踊って、愛の告白をして、物語はハッピーエンドで終わる。
「あなたがミケーレ王子を変えたせいで、サラはドラゴンを倒せないかもしれません。魔法学校に入学してこないかもしれません。サラがドラゴンに勝たないと、この世界は終わります」
ジュリアはきつい口調で、私を弾劾する。ひどい言いがかりだと感じた。だが実際に、ドラゴンに関しては不安が募る。サラがドラゴンに負けるという事態は、どう考えてもまずい。
「私は世界滅亡を避けるため、この世界をゲームどおりに戻します。そして悪役令嬢として、きちんとふるまいます。ミケーレ王子の婚約者となり、サラが王子を望むのなら身を引きます」
ジュリアは私をにらみつける。身を引かなかった私を軽蔑しているのだ。
「あなたも前日譚のキャラらしく、――本編には出てこないモブキャラらしく行動してくださいね」
言いたいことだけを言って、ジュリアは部屋から立ち去った。
Copyright (c) 2022 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
-Powered by HTML DWARF-