戸惑いがちなアスカの手を引いて街を歩くと,意外にもアスカは好奇心いっぱいの目で街を見回す.
「そういや,アスカは王都で遊ぶのははじめてよね?」
私が聞くと,アスカは素直に頷いた.
こうゆうしぐさをすると,少年らしさよりも少女らしさの方が勝る.
この娘は,いとこのマリの花嫁だ…….
あ,違った,陛下……だったっけ.
「ねぇ,お姉ちゃん.」
隣を歩く妹のヒロカがにまっと笑って話し掛けてくる.
「なんかお姉ちゃんたち,お似合いの恋人同士みたいよ.」
「はぁ!?」
私が問い返すと,ヒロカはいたずらっぽく微笑んだ.
「だって,アスカってばすっごいハンサムじゃん.」
なんという失礼なことを言うのだ,この妹は.
アスカはくすっと笑って,この失礼な妹に答えた.
「ありがとう,実は女性には結構もてるの.」
「あ,やっぱりぃ.」
あ,やっぱりぃ,じゃない!
私は腕組みをして,アスカに向かって言った.
「いつまでもこんな男装をしているから駄目なのよ!」
アスカはきょとんとして,私の方を見返してくる.
「とにかく,今日はアスカの女性用の服を買うんだからね.」
するとアスカはすごく綺麗な顔で微笑んだ.
「ありがとう,カリン.」
思わず,顔が赤くなってしまう.
ときどき見せるこの奇跡のような笑顔がたまらない.
マリ,じゃない陛下が夢中になってしまうのも頷けるわ.
今日王都に買い物に出かけたのは,このためだ.
アスカには自分用の服がない.
そもそも陛下がこの娘を身一つで異世界から連れてきたのだ.
服どころか,お気に入りのお人形も化粧品もアクセサリーも何も無い.
それにアスカの着ていた異世界の服だって,陛下は勝手に処分してしまったのだ.
「だって,もう必要ないだろ?」
陛下に当然のように言われて,私は呆れてしまった.
なんというか,こんなにも傲慢なやつだったとは…….
しかもアスカはそれに対して何も言わない.
前の世界に何の未練も無いのかしら?
「まぁ,この国はできたばかりだからね.私が確か19か20歳かそんなときにできたのだよ.」
ケイカさんが,なにやらアスカに向かって説明をしていた.
アスカが神妙な顔をして聞いている.
「だからまだまだ法制度とか軍隊組織とかちゃんと整っていないの.」
私もアスカに向かって言う.
こう見えてもこの娘は,この国の王妃だ.
この国のことをいっぱい知ってもらわないといけない.
「そっかぁ…….大変だね,マリ君.」
なぜか暗い顔つきになってアスカはつぶやいた.
なんだかなぁ……,他人事のような言い方だ.
「暗いわよ,アスカ!」
「へ!?」
私は素っ頓狂な声を上げるアスカの腕を強引に引っ張った.
「さぁ,店に入りましょう!」
「おや,カリン様.デートかい?」
開口一番,店の店主が笑いかけてきた.
「違うわよ! それにこの娘は陛下のお嫁さんよ.」
するとおじさんはびっくり眼でアスカの方をじろじろと見る.
「本当かい,じゃ君が噂のアスカちゃん?」
「こ,こんにちは.」
少しぎこちないしぐさでアスカはおじさんに向かって挨拶をした.
最近気付いたことなのだけど,この娘は男性がちょっと苦手みたい.
「意外だなぁ,もっとなんか,違うタイプを想像していた.」
おじさんはぽりぽりと頭を掻いた.
そりゃ,私もそう思ったけど.
「おじさん,この娘に合う服何かない?」
「異世界から連れてきて,スピード結婚かぁ.陛下もやるねぇ.」
おじさんはにやっと笑った.
「まぁ,陛下は昔から何をやるにしても,せっかちだったからなぁ.」
「知っているかい,アスカ.陛下は,」
「お・じ・さん!」
私は強引におじさんの話を遮った.
だってこの人,昔話をすると長いんだもの.
「ねぇねぇ,お姉ちゃん.これなんかどう?」
店の片隅で妹のフローリアが手招きしている.
ケイカさんとヒロカとフローリアで,なんか笑いながら服を選んでいる.
うわぁ,嫌な予感…….
そしてみせられた服は案の定,
「あんたたちねぇ……,」
「アスカならお姉ちゃんと違って色っぽいから似合うって!」
ヒロカは自信満々だ,その隣でフローリアが無責任に笑っている.
「いやいや,こっちの方が陛下の好みじゃないかい?」
と言って,ケイカさんが妙にぴらぴらした服を見せる.
真面目に選ぶ気があるのかしら,本当にもぉ!
ふと振り返ると,アスカは楽しそうに店のおじさんとしゃべっていた.
「それで,マリ君はどうしたんですか?」
「じゃぁ,王都の外まで迎えに行くって言って,コウリと一緒に,」
完璧におじさんの昔話に捕まっている.
こうなったら,私がまじめにアスカの服を選ぶしかない.
「もっと普通の服を探してよ!」
結局どの店に行っても,アスカは陛下の昔話に夢中だし,ケイカさんは妙に少女趣味な服を勝手に買うし,まさか本当にアスカに着せるつもりじゃないでしょうね…….
ヒロカとフローリアは,とんでもないものばかりを選ぶし.
くたくたに疲れて,私たちは大量の荷物を持って城へと帰った.
「さっそく着替えて陛下に見せて来なよ.」
私はそう言って,荷物をアスカに渡した.
するとアスカの頬がほんのりと赤くなる.
「今は同じ部屋なんでしょ?」
私はアスカに向かって笑って見せた.
買い物の礼を言って,部屋に戻るアスカの後姿を見つめて,私は思わず顔をほころばせた.
「アスカって本当に陛下のことが好きなのね…….」
するとつんつんと腕をつつかれる.
「お姉ちゃん,悔しい?」
ヒロカが心配そうに私を見つめていた.
この色気にお姉ちゃんは負けたのかなんて言ったくせに,かわいい妹だ.
「今は悔しくない.」
私は笑って見せた.
「私はアスカほどに陛下のことが好きだったわけじゃないみたいだし.」
うん,なんかそんな感じだ.
私は何もかもを捨てて,異世界へついてゆくなんてできない.
アスカほどに陛下のことを想えない.
「だってアスカったら,自分の服選びはそっちのけで陛下の話ばかり聞いていたじゃない?」
私は思わず吹き出してしまった.
「あれには勝てないわよ.」
今ごろ,陛下が部屋に戻ってくるまでには,と慌てて着替えているのだろうなぁ…….
その姿を想像して,私は思わず笑ってしまった.
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