太陽は君のもの!


第四章 結婚式


朝,二人で城に戻ってくると,城門の前では見知らぬ少女が二人を待っていた.
豪奢な金の巻き毛,光り輝く青の瞳.
絶世の美少女といっても,差し支えないほどの美しさだ.

「マリ,私はまだ納得していないわよ.」
腰に手をあてて,少女は二人をにらみつけた.
「カリン,ごめん.私はアスカ以外とは結婚する気は無いんだ.」
まさかこの美少女よりも自分を選んだのか,と明日香は驚いて少年の横顔を見つめた.
するとその美少女は,勝気そうにマリを睨む.
「その話なら聞き飽きたわよ! でもね,こんなみっともない髪の女性だとは考えてもみなかったわ.」
そうして無遠慮に明日香の顔を指差す.

「誰だか知らないけど,初対面の人に対して失礼にも程が過ぎない?」
さすがにむっときて,明日香は喧嘩腰で言い返す.
「いったい誰よ,あんた!?」
するとふんと鼻を鳴らして,金の髪の少女は答えた.
「私はカリン,この国の王族でマリとはいとこの間柄よ.」

そうして再びカリンはいとこである少年と向き合った.
「マリ,本当にこんな人と結婚するつもりなの? 未来の国王陛下は男色家だと笑われちゃうわよ!」
するとマリではなく明日香が先に言い返す.
「確かに私は男っぽいけど,そんなことあんたに関係ないじゃん!」
そんなにもこの国では,短い髪の女性が珍しいのか.
「あるわよ! マリが他国からの笑いものになるなんて,私はごめんですからね!」
そしてカリンは,今度は懇願するように言った.
「マリ,考え直してよ.今ならまだ間に合うから.結婚なら私とすればいいじゃない?」

「本当に済まない,カリン.」
少年は再び律儀に謝った,なんと言われようと自分の意志を変えるつもりはないらしい.
「行こう,アスカ.」
そうして少年は,漆黒の髪の方の少女を促して城の中へと入った.

ウエディングドレスは,どうやら白ではなく青らしい.
白無垢ではなく,夫となる男性の瞳の色に合わせるのだ.
城に戻ると楽しげな女官たちに囲まれて,見たこともないような豪華なドレスを着せられる.
「化けたねぇ,アスカ.」
すぐにサイラに呼ばれて,城の広間へと明日香は連れて行かれた.
結婚に対する感傷も何も湧かない,ただあわただしく走り抜けるだけだ.

広間の扉の前ではすでに正装をした銀の髪,青の瞳の少年が待っていた.
ドレスを着た少女の姿を認めて優しく微笑む.
すると厚い雲間から日が差したように暖かくなるのだ.

「アスカ,行こう.」
まるで戦いに赴くような表情で,少女は頷いた.
扉が開かれると,中で起立していた何十,何百人もの人々が一斉にこちらに視線をぶつけてきた.
にらみつけるように明日香はきりっと顔を上げた.

少年に手を取られつつ広間の中央を歩き,明日香にはよく分からない祭壇の前で少年に合わせて一緒に跪いた.
キリスト教というより,仏教や拝火教を想起させるような祭壇だ.
すると少年は懐から紙を取り出し,なにやら祝詞めいたことをしゃべりだす.
異文化の結婚式に少女はますます神聖な儀式というより単なる作業めいた気分になる.

祝詞を唱え終わると,少年は手にもった小さな赤い石を祭壇に置いた.
その丸くてすべすべしたまるでビー玉のような石を,少女は複雑そうに眺めた.
にせものを用意したと聞いたが,まるで本物のようだ.

少年は祭壇から少女のもとに戻ると,ほっとしたように少女に向かって微笑む.
どうやらこれで儀式は完了したらしい.

「これで彼女は正式に私の花嫁だ.」
少年はよく通る声で,広間を埋めつくす群衆に向かって宣告した.
「異議のあるものは,この場で申し立てよ.」
すると群衆の中から,ちょうど少年と少女の親ぐらいの年頃の男性が進み出る.
怜悧な顔立ち,痩せ型長身の壮年の男だ.

「マリ,お前は神聖な儀式を愚弄しているのか?」
途端に少年の顔がぎくりとこわばる.
「その王家の石をよく見せてみろ!」
隣に立つ少女が不安そうな顔を少年に向けてくる.
「お断りします,サキル叔父上.」
その気迫に押されないように,また自分のあせりを顔に出さないように少年は努めた.

「この結婚は無効だ! とんだ茶番劇だ!」
馬鹿にしたように,サキルは笑い出した.
どうやら彼は王家の石がないという情報をきっちりと掴んでいるようだ.
マリはもっとちゃんと秘密がもれないように行動しなかった己を悔いた.

すると今まで少年の隣で黙っていた少女がいきなりしゃべりだした.
「たとえこの石が偽物でも,結婚に異議は言わせません!」
少女の漆黒の瞳が燃え上がる.
「私たち愛し合っているんです! 形式なんてどうでもいい!」
そして少年の胸倉を掴んで戸惑う少年に構わずに,触れるだけの口付けを交わす.
すばやく心の中で1,2,3と数えた後,少女は唇を離した.
するといきなり強い力で少年に背中を抱かれ,今度は逆に口付けを贈られた.
抵抗したくなるのを必死でこらえて,少女は心の中で今度は7まで数を数えた.

少女を口付けから解放すると,少年は再び叔父に向き直る.
「我が公国建国の祖であるレンおじい様は,形よりも中身を重んじる方でした.」
少年はまっすぐに,自らの叔父と相対する.
幼いながらも周囲に威を示す青の瞳.
「だからこの結婚は成立しますよ,叔父上.」
サキルは毒気を抜かれたように,ぐっと言葉に詰まった.
それを見やってから少年は少女の腕を掴み,祭壇近くのドアから慌しく広間を出た.

ドアを閉めて広間の喧騒を打ち消した途端,少年は少女の体をぎゅっと抱きしめた.
「ありがとう,アスカ.」
そうして少女の身体を抱いたまま,無抵抗の少女の頬に瞳に感謝のキスを贈る.
「殿下,そうゆうことは部屋でやってくれませんか?」
「うわっ! コウリ!?」
いきなり横合いから声をかけられて,少年は飛び上がるほどに驚いた.

「す,すまない.」
真っ赤な顔をして少年は少女の手を取り,廊下を逃げるように自分の部屋へと走っていった.
ふと少女が真っ青な顔色をしているのに気付いて,コウリは怪訝な顔をする.
なんだ? 異世界に残してきた恋人に対する罪悪感なのか……?

全力疾走で部屋まで駆け戻り,ドアをしっかりと閉めて少年はほっと一息をついた.
「よかったね,マリ君.」
ぜいぜい息を切らして,少年の傍で座り込みながら少女は言った.
「これで王位が継げる.」

そうだ,少女は少年が王位を継ぐのを手伝ってくれただけなのだ.
あんなキスひとつで浮かれた自分がものすごく恥ずかしい.

「ごめん,アスカ.」
しかも調子に乗って自分の部屋まで連れてきてしまった.
「アスカの部屋もすぐに用意させるから,それまでここで待っていて.」
少女を置いて部屋から出ようとするのだが,何やら少女の様子がおかしい.
うずくまって,かたかたと軽く震えている.

「アスカ?」
少女は答えずにうつむいたまま,真っ青な顔で身体を震わせている.
明らかに様子がおかしい…….
「とりあえず回復魔法の術者を呼んで来るから,ベッドで休みなよ.」
病気だとしたら少年には手におえない.
少年はよいしょと少女の身体を抱き上げて,ベッドへと連れて行った.
ベッドへと寝かして,寒くて震えているのかよく分からないが掛け布団をかけようとする.
すると,ばちっと少女と視線が合った.
少女の漆黒の瞳が恐怖に見開かれる.

「きゃぁあああああ!」
その叫びを受けて部屋の前の廊下で待機していたコウリは,乱暴にドアを開いた.
部屋の中では漆黒の髪の少女がベッドの中で頭を抱えて震えながらうずくまり,彼の主君はその傍でただ呆然と突っ立っていた.
「何をなさったのですか? 殿下?」
思わず強い調子で聞いてしまう.

「いや,何も…….本当に何もしてないんだ.」
困惑しきった顔で,銀の髪の少年は答えた.
少女の怯えきった様子をちらりと見,そしてコウリは戸惑う少年の腕を掴んで部屋から出た.

廊下に出てすぐにコウリは銀の髪の少年に告げた.
「殿下,彼女は駄目です.やはり結婚は無理ですよ.」
「なぜ?」
少年は納得できないといった感じで聞いた.
「彼女は決して殿下を愛してはくれませんよ.」
言いづらそうに,コウリは言った.

「殿下,殿下がそれでも彼女を守りたいのだと思うのならば……,」
本当につらそうにコウリは語句を次ぐ.
「妻としてではなく,もっと違う存在として……,」
「コウリ,何を言いたいのだ?」
覚悟を決めたように,コウリは答えた.
「彼女は性的な暴行を受けたことがあるのですよ.」
少年の純粋な青の瞳がこわばる.
「昔,そうゆう女性に会ったことがあるのでなんとなく分かるのです.今のアスカの怯え方はそのときの女性とそっくりですよ.」

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