水底呼声 -suitei kosei-

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  13−16  

「でも今は,特に黒というわけじゃないから,」
セシリアは結論をうまく出せないらしく,困った感じで言いよどむ.
「聖女は日本人女性のクローン.よって,黒髪をしているはず.だから昔の聖女はみんな,本物の聖女だった.」
みゆは手助けをした.
セシリアは,うなずいてから,
「でも今は,黒髪はウィルとルアン様だけ.ゆえに聖女は,このふたりのみ.」
「ちがうわ.」
みゆは否定した.
少女は青の瞳を丸くする.
「ウィルとルアンさんは男性だから,クローンではありえない.つまり聖女ではない.」
「ラート・サクラは女性だが,髪の色は黒ではない.」
バウスが口をはさむ.
「従って聖女は,どこにも存在しない.」
彼は不愉快そうに,顔をしかめた.
それもそのはず.
彼の背後には,にせものの聖女として苦しんだセシリアがいて,目の前には本物だったはずのサイザーとウィルがいるのだから.
サイザーは泣いているし,ウィルも少しだけぽかんとしている.
そしてきっと,ルアンも驚くだろう.
結局,全員にせものだったのだ.
聖女と神の塔を作った透は,顔色をなくしている.
「異世界から来た私は,ウィルたちと同じ魔法が使えないと言ったよね?」
みゆはウィルにたずねた.
彼は,はっと我に返ってから,首を縦に振る.
「私や白井さんが本来の魔法で,ウィルたちは変質した魔法なんだと思う.」
もしウィルやサイザーが真実,聖女なら,みゆたちと同じ超能力だったはずだ.
「いつから聖女は,いなくなったのでしょうか?」
みゆは,答を期待したわけではないが,バウスとセシリアに問いかけた.
「分からない.」
バウスはしゃべる.
「俺が調べたかぎりでは,十六才で神の塔に入る前に,事故や病気などで死んだ聖女は四人いる.」
彼は神官長に視線を注ぐ.
「ただし,大神殿はいろいろな物事を隠すので,実際の数は知らない.」
神官長は気まずそうに,目をそらした.
「とある聖女は塔に入る前に大神殿から逃げ出した,とある聖女は流産や死産を繰り返した,とある聖女は二十才を過ぎてから塔に入ったなど,さまざまな憶測が飛び交っている.」
当然だが,誰もが長生きするわけではなく,素直に神の塔に入るわけでもなく,子どもが無事に産まれるともかぎらない.
十六才になれば塔に入り,次代のクローンを産む.
それを何百年も続けるのは,机上の空論だったのだ.
よってクローンは消えて,不完全なコピーばかりが残った.
思い返せば,リアンも十五才でウィルを産んで息を引き取り,塔には入っていない.
そもそも双子が、――男のルアンが神の塔で産まれたこと自体,クローン作製がうまくいっていないことの証左だ.
「昔はちゃんと,黒髪ではない聖女は髪を黒く染めました.」
神官長が後ろめたそうに話し出す.
「今は黒の方がめずらしいので,わざわざ染めないのです.」
とんちんかんな言い訳に,みゆはずっこけそうになった.
「お前らは,ばかにしているのか!?」
透がこらえきれずにわめく.
「髪を染めても,そんなものが姉さんになるわけない!」
そして途方にくれたように,
「クローンがいなくなっているなんて.クローンさえ残っていれば,蘇生をやり直せたかもしれないのに.」
少年は失意のまま,うなだれた.
「これじゃ,姉さんは,生き返ら…….どうしよう.」
肩が震えて,ひっくひっくとしゃくりあげる.
異世界で神のごとき力を持っていても,死者はよみがえらない.
ここにいるのは,姉をなくしたひとりぼっちの男の子だった.
みゆも,バウスでさえも,辛らつなことは口にできない.
透とサイザーのすすり泣きが響く中,
――透,絵里子(えりこ),古藤さん.
男性の声が,みゆの耳に届いた.
透の向こうの景色が,ぼやけている.
一瞬,揺らいで,別の光景が浮かび上がった.
机やベッドや本棚がある部屋で,翔がじゅうたんの上で正座している.
彼は両目をつむり,両手を胸の前で組んでいる.
――答えてほしい.俺の声が聞こえるか?
翔は,ぱちっと黒の瞳を開いた.
みゆと目が合う.
――古藤さん,透を帰してくれ!
翔は立ち上がりさけんだ.
これは未来の,透と透の姉が失踪した2008年以降の日本だ.
息をのむみゆに,ウィルがまゆをひそめる.
「どうしたの?」
「多分,私にしか見えていないし聞こえてもいない.」
みゆはベッドから腰を上げた.
「私がやる.」
ウィルから離れて,透のもとへおもむく.
バウスやスミたちが,何をするのだ? といった風に見守る.
みゆの足音に,透は不思議そうに,涙に濡れた顔を上げた.
みゆは少年の体を,前からどんと押した.
「え?」
突然のことに,とまどう透.
小さな体が,ゆっくりと後ろへ倒れる.
みゆのもとから,必死に手を伸ばす翔のもとへ.
背中が床につく前に,少年は消えた.
翔のいる日本の風景とともに.
あとに残ったのは,百合の作った桜色のぬいぐるみだけ.
しんと,沈黙が流れた.
「由良君は地球へ帰しました.」
翔が透をつかまえて,二度とこの世界へやらないだろう.
バウスが,あぜんとしている.
「有無を言わさず,だな.」
「はい.」
返事したとたんに,みゆの体から力が抜ける.
自分を支える黒い腕に,みゆは安心して眠りについた.
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