水底呼声 -suitei kosei-

戻る | 続き | 目次

  11−11  

その後,宿の一階の食堂で昼食を取って,みゆとウィルはルアンと別れた.
もと来た道を引き返し,王城を目指す.
食べている間に,天気はよくなったらしい.
暗い色の雲はなくなり,太陽が明るい.
しかし,街に人通りは少ないままだ.
城からも街からも,人が逃げている.
そんな印象を受けた.
「ねぇ,ウィル.」
みゆは,王城の廊下でライクシードたちと遭遇する前に聞こうとしていたことを,再度たずねる.
「メイドのツィムも,いなくなったの?」
城に滞在していたときに,親しくしていた少女だ.
とても親身になってくれて,ウィルとともに地球へ帰ればよいと助言してくれた.
実際は,みゆはいけにえだったので,実現不可能な提案だったが.
「彼女は残っているよ.君に会いたがっている.」
「本当!?」
意外な事実に,みゆは喜んだ.
「私も会いたい.」
ウィルは,にこりと笑う.
「陛下のそばで再会できると思う.今,メイドは十人ほどしかいないから.」
「料理長のバースさんは?」
みゆのために,日本料理を作ってくれた人だ.
調理場に行くと,いつも歓迎してくれた.
「彼は辞めた.」
「そうなんだ.」
想像以上に,気落ちする.
ほかにも,よくしゃべったことのある人々の名前を挙げたが,ツィム以外は残っていなかった.
ふと思い出して,
「テア・テレーゼさんは?」
返答はなかった.
みゆはいぶかしんで,ウィルの横顔を見上げる.
「彼は,僕が殺した.」
ウィルは立ち止まり,体ごとこちらを向く.
「ドナート陛下の命令で,やった.テアはミユちゃんに,余計なことを吹きこんだから.」
テアは,王城の中を警備している兵士のうちのひとりだった.
そして,みゆの前のいけにえだった晶子の,恋人であるリートの友人だった.
日本へ帰ったと言われていた晶子とリートの安否を求めて,みゆに声をかけたのだ.
テアは,異世界から召喚した女性たちを故郷へ帰すのは,ウィルの仕事だと教えた.
彼と会話しているときに国王が現れて,ひともんちゃくがあった.
「それでも,僕は生きる許しを得ている?」
ウィルは無表情だった.
まるでカイルのように.
彼の与えた呪縛が,ウィルの顔を覆っている.
「私は,生きてほしい.」
エゴだ,と感じた.
ウィルの手が血に染まっていても.
「あなたの生きる許しは,私とルアンさんが与える.」
きっとこれからさき,何度も何度もウィルには仮面が張りつく.
けれどそのたびに,はがしてみせる.
愛していると伝えてみせる.
この国には,ウィルの罪があるから.
神聖公国では隠れていた人殺しのとがが,むき出しになっているから.
どうやったら,つぐなえるのか.
滅亡する王国を救えば,許されるのか.
今は,そう楽観的に思えなかった.
でも,
「私はウィルのそばにいる.けっして離れないし,離れたとしても,戻ってくる.」
ときを越えても,世界を越えても.
必ず,めぐり合う.
「テアの弟が,兵士として城で働いている.」
どきり,とした.
遺族に対して,どんな風に対応すればいいのか.
どのように謝罪すればいいのか.
「名前はラス.彼には絶対に近づかないで.」
たくさんのことをのみこんで,みゆはうなずいた.
瞬間,国王に対する怒りがわき起こる.
ウィルに殺人をさせたのは,ドナートだ.
テアを殺害させたのも,地球の女性たちをいけにえにささげたのも.
命を奪うのならば,なぜみずからの手を汚さなかったのか.
今,遺族の恨みを受けているのも,苦しんでいるのもウィルだ.
みゆは,目的地の王城に目を向ける.
殺りくを命じた国王はひきょうにも,ウィルの影に隠れている.
戻る | 続き | 目次
Copyright (c) 2012 Mayuri Senyoshi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-