水底呼声 -suitei kosei-

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  6−3  

強引に外出を認めさせて,セシリアは護衛の兵士とともに,首都神殿から城へ馬車で向かった.
目的は,カリヴァニア王国の使者である百合だ.
昨日のあの騒動から,大神殿ではサイザーがベッドから起き上がれない状態が続いている.
老いた聖女の命のともし火を思うと,少女はいてもたってもいられない.
早急に何をしてでも,新しい聖女を手に入れなければ…….
城に着くと,少女は一人の兵士を捕まえて,使者たちのいる場所を聞き出した.
礼を言って別れて,廊下を歩いていくと,
「お待ちください,ラート・セシリア!」
書類の束を持ったメイドに追いかけられる.
「どこへ行かれるのですか?」
息を切らして,駆け寄ってきた.
「あなたは誰?」
「私はバウス殿下のそば仕えのメイドで,マリエと申します.」
薄紅色の髪をした,ライクシードと同じ年ごろの女性だ.
深く落ちついた,暗灰色の瞳をしている.
初めましてとあいさつを交わして,少女は百合に会うつもりだと答えた.
「ならば少々お待ちください.すぐにバウス殿下かライクシード殿下を呼んでまいります.」
少女は首を振って,断る.
「今,兄さまたちはいそがしいでしょう? 手をわずらわせたくないの.」
昨日,カリヴァニア王国の使者たちに会いたいと,セシリアは城へ帰るライクシードについていった.
しかし城では,ライクシードもバウスも難しい顔をした大人たちに囲まれて,少女に構う暇はなかった.
よって少女は,彼らの仕事の邪魔をしないように,首都神殿へ帰った.
すると兄たちは夕方,首都神殿にやってきて,使者たちのことを教えてくれた.
だが二人は,あきらかに疲れていた.
バウスは会話なのか独り言なのか分からない状態でしゃべるし,ライクシードは黙りがちだった.
「私は一人で大丈夫だから.これ以上,兄さまたちの負担になりたくないの.」
マリエは困った顔をしていたが,分かりましたと言って引き下がる.
セシリアは,使者たちが滞在している部屋へ向かった.
たどりつくと,こんこんと扉をたたく.
男性の声で返答があったので,扉を開いた.
「うっわ,すっごい美少女.」
部屋に入ると,女性の声が少女を迎える.
セシリアは声のした方に,顔を向けた.
茶色の髪の女性がソファーに,うつぶせに寝そべっている.
そして窓のそばには,黒髪の男性が腕を組んで立っていた.
カリヴァニア王国の使者で異世界人の,柏原翔と白井百合だ.
二人ともひょろりと背が高く,この世代の男女にしては,やせている.
みゆといいこの二人といい,異世界の人間は太らないものらしい.
「初めまして,私はセシリア.ラート・セシリアと呼んでちょうだい.」
ソファーの百合は寝転がったままで,窓際の翔に向かって叫んだ.
「翔! やばいよね,この子! 昨日の王子様以上に美形だよ!」
大興奮である.
自分の外見に驚かれることに少女は慣れていたが,ここまで大仰なのは初めてだった.
そう言えば,みゆも驚いていた.
つまりセシリアは異世界の人間から見ても,奇異な容姿をしているのだろう.
「俺たち,いつまでこの部屋で待てばいいの?」
百合のせりふを無視して,翔は問いかけてきた.
彼は,みゆと同じような薄い眼鏡をかけている.
そして見慣れない,妙にぴっちりとした服を着ていた.
百合は城で用意した服を着ているが,彼は異世界の服を着ているのだろう.
「ごめんなさい,それはバウス兄さまに聞かないと分からないわ.」
「バウス兄さま?」
彼は片方のまゆだけを上げた.
「第一王子のバウス殿下よ.昨日,会ったでしょう?」
「あぁ,あの目つきの悪い方の王子ね.」
何とも,うなずきづらい.
確かにバウスはライクシードに比べて,目もとが鋭いのだが.
「古藤さんは相変わらず,見つからないのか?」
「えぇ,ミユは行方不明のままなの.」
昨日,大神殿で会ったが,それは秘密だ.
それに彼女は再びいなくなったので,あながちいつわりごとを告げているわけではない.
「行方不明,ね.」
翔はため息を吐いた.
「俺はいまだに,あの古藤さんがこのファンタジー世界にいるとは思えないのだけど.」
かん高い声を上げて,百合が会話に加わってくる.
「彼女ナゾだよねぇ.この世界にいるなんて,もはやミステリー!?」
あの娘の彼氏も気になるよねと言って,彼女は起き上がった.
「シルバニア王国の王様,チョー複雑な顔をしていたしぃ.」
そしてソファーの上に,ひざを立てて座る.
「シルバニアじゃなくて,カリヴァニアだろ.」
翔はつまらなさそうな顔で指摘した.
似たようなものじゃないとつぶやいて,百合はむすっとする.
セシリアはソファーに座って,彼女と目を合わせた.
「ユリ,」
彼女としっかりと話し合いたい.
みゆのときのような後悔はしたくない.
「あなたにお願いがあるの.」
百合は黒い目をして,驚くことにまゆ毛が半分以上そられていた.
そしてやはり,神の影が感じられない.
彼女は異世界からの訪問者,この世界の法に縛られない存在.
何にでもなれる.
セシリアはできるだけていねいに,神聖公国や聖女のことを説明した.
――さすがに昨日,神官長から打ち明けられた話はしなかったが.
最後に,聖女になってほしいと懇願する.
すると,
「いいよ,なってあげる.」
百合はあっさりと了承した.
「いいの?」
思わず確認してしまう.
そんなに簡単に決めていいのだろうか.
みゆは,彼女よりもずっと慎重だったのに.
「いいよー,聖女様だなんて気分いいじゃん.」
聖女は,名誉ある地位だ.
しかし百合は,聖女としての責任や使命の重さを理解しているように思えない.
セシリアは不安になった.
「聖女になれば,当分の間故郷に帰れなくなるわ.それでも構わないの?」
「故郷なんて!」
百合の顔が,大きくゆがむ.
「浪人した娘なんかいない方がいいに決まっている.帰るつもりはないわよ!」
つばを飛ばして,言い捨てた.
そして何ごともなかったように,話を再開させる.
「それより私,――セシリアちゃんみたいな子どもの前では,あまり言いたくないけれど,」
恥ずかしそうに,処女ではないと告白をした.
「なら神の前で離婚の宣言をしてから,塔に入ることになるわ.」
夫を持つ女性が塔へ入ることは,道徳的に許されない.
なので離婚をしてから塔へ入り,子を身ごもったのちに再び婚姻するのが慣わしだ.
「神の子を授かることは,妻であるあなたの不貞ではないの.あなたの夫も理解して,」
なぜか,百合はおかしそうに声を上げて笑う.
「結婚はしてないってば!」
「へ?」
生娘ではないのに.
「もしかして,赤ちゃんはコウノトリが運んでくると思っている?」
「子どもは神様が授けてくださるものだけど,チキュウの神様はコウノトリと呼ばれているの?」
より一層おかしそうに,彼女は笑い出した.
百合がセシリアをばかにしているのが伝わってくる.
少女はまじめに話しているのに,この女性はまじめに聞いてくれない.
どうしよう.
先ほどのメイドに,ライクシードかバウスを呼んでもらえばよかった.
けれど少女はあわてて,甘えた考えを振り払う.
「もしも聖女になりたくないのならば,」
「だから,なるよ.何回,同じことを言わせるの?」
これで,いいのだろうか.
不安がどんどんと大きくなる.
セシリアは,翔の方へ視線をやった.
すると彼は,
「君さぁ,さっきから本気でしゃべっているの?」
あきれた様子でたずねる.
「どこからどう聞いても,君の話はうさんくさいよ.」
「え?」
セシリアはますます,とまどった.
「一人で塔の中にこもって妊娠するなんて話を,誰が信じるのだよ.」
軽蔑するようなまなざしに怖くなる.
「翔は夢がないなぁ.セシリアちゃん,泣きそうじゃん.」
百合が口をはさんだ.
「夢も何も.新興宗教の勧誘じゃないか.この子は洗脳されているのだろ.」
「頭,固すぎ! ここは異世界なんだよ.」
言い返してから,ぐりんとセシリアの方へ顔を向ける.
「聖女になってあげる.そして神聖公国を救ってあげるよ.」
にかっと笑って,少女の頭をよしよしとなでる.
「ありがとう,ユリ.」
期待していた言葉なのに,少女はうまくほほ笑み返すことができなかった.
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