宇宙空間で君とドライブを
8−11
コリント家のルーツは、地球のドイツにある。だから今でもドイツに、土地だの、昔の本邸だの、歴史的価値のある美術品だのがある。それらの維持、管理、運用は当主の仕事だ。
さらにヨーロッパ全域に、だいぶ縁遠くなったとはいえ、同じ血族の人たちも残っている。彼らとのつながりを保つのも、大事な仕事だ。面倒そうな仕事が多いな、と朝乃は思ってしまった。気持ちが顔に出たのか、ドルーアは苦笑する。
「立場には責任がともなうからね。――とにかくコリント家の資産の一部は、ドイツに残っている。親族もいる。そういったことを考えると、地球と月で戦争をしている今の状況はよくないんだ」
彼の表情は厳しくなった。
「ドイツは中立を保っているが、ヌールの方は、月面連合軍を経済的に支援している。加えて、戦場にはほぼ行かないが、宇宙軍も持っている」
コリント家本家のあるヌールは、親類縁者のいる地球と敵対しているのだ。朝乃はふと疑問に思った。
「戦場へ行かない軍隊とは何ですか?」
戦わない軍隊なんて矛盾していないか? それとも防衛のみをするのか。ドルーアは皮肉っぽく笑った。
「ただのお飾りの宇宙戦艦や戦闘機だよ。それで話を戻すが、今の当主は、僕の祖父であるパオルだ。彼には子どもが、ふたりいる。僕のおばのレーアと、僕の父のアルベルトだ」
昔はどうだったのか知らないが、今のコリント家では、当主の子どもが跡をつぐというルールはない。しかし近年、当主の息子、特に長男が跡をつぐというパターンが、二、三回ほど続いた。
「よって、たいていの人は、パオルのあとをアルベルトがつぎ、アルベルトのあとを僕がつぐと考えている」
前例に従うとそうなる。朝乃はドルーアをじっと見た。彼は多分、前例に従わない。
「ドルーアさんは、どう考えているのですか?」
彼は、自分の意志で決める。朝乃はドルーアに向かって、一歩踏みこんだ。
「当主になりたいのですか? なりたくないのですか?」
彼は、あとをつぐことを強制されているわけではない。跡取りとして候補に挙がっているのは、ドルーアとエマだ。エマがどんな女性なのか分からないが。ドルーアは朝乃から視線を外した。少しうつむいて話す。
「昔は、僕はコリント家の当主になるつもりだった。それ以外の選択肢がなかった。いや、ないと思いこんでいた。今、思えば、視野がせまかったのだろう」
彼は窓の外を見た。車道の隣には、自転車専用道路がある。タクシーは、集団で走っている五台ほどの自転車を追い越した。友人同士でサイクリングをしているのかもしれない。
「僕は十九才のとき、父に無断でヌール宇宙軍を辞めた。母が引きとめるにも関わらずヌールから出ていって、浮舟へ戻った」
彼は家出をしたのだろう。ニューヨークが、ドルーアは母とゲイターとけんかばかりをして、ヌールから出ていったと話していた。そのころのドルーアは荒れていたのかもしれない。
「だからもう二度と、コリント家ともドラド社とも関わらないと思っていた。人づてに聞いたが、僕がヌールから出ていった後、僕のいとこのフィンは大喜びしたらしい」
ドルーアは苦笑して、朝乃の方を向いた。朝乃は首をかしげる。フィンという人は、ドルーアが嫌いだったのか? ドルーアは、はたと気づいて説明してくれた。
「フィンは、僕のおばのレーアの子どもで、長男だ。僕がいなくなれば、自分が当主になれると、彼は考えたんだ。莫大な財産を手に入れることができると」
「当主になれば、お金持ちになれるのですか?」
当主になりたいと、朝乃は思ってしまった。ドルーアは楽しそうに笑う。
「そうだね、ダーリン。結構な富を手に入れることができる。地位や名誉も。ただし、それらにはやはり責任が付きまとう。先祖代々の宝を失わないように、うまく立ち回らなければならない」
ほかにも困窮した一族の者がいたら、その人を助けたり、慈善団体に多額の寄付を行ったりもする。やっぱりすごく面倒そうだ、と朝乃は思った。また考えが顔に出たのだろう、ドルーアはくすくすと笑う。
「それで僕はヌールから出ていって、そういった仕事から逃れたつもりでいた。しかし僕は芸能人になり、また上流階級の世界に足を突っこんでしまった」
チャリティーオークションだのパーティーだので、親族や知り合いと予期せず出会うことがほどほどにあったのだ。たがいに気まずかったし、ヌールに戻るように説教されることもあった。
ドルーアは、コリント家の跡取りなのかいなか、中途半端な立ち位置になった。そして去年の年末、パオルが浮舟までドルーアに会いに来た。
「いい加減、私も年だ。お前を甘やかし続けられない」
パオルは、コリント家の当主になりたいのかどうかはっきりと聞いてきた。
「僕は、『分からない』と答えた」
ドルーアは、緑の瞳を伏せて言う。なんとなく、朝乃はその答を予想していた。彼は一度も、当主になりたいともなりたくないとも言っていなかったからだ。おそらくドルーアは、自分の将来について迷っている。
「まだ『分からない』か。けれど私は、もう当主の座を退く。アルベルトとレーアはきっぱりと断ったから、次の当主はお前かエマだ。どちらでもいい、三年以内にコリント家に戻ってこい」
パオルはそう告げて、ドルーアにエマの連絡先を渡した。エマはドルーアのいとこで、フィンの妹だ。
パオルはドルーアにあとをついでほしかったのではないか、と朝乃は感じた。でも、このことは口に出さない方がいいのだろう。かわりに朝乃はたずねた。
「アルベルトさんとレーアさんは当主をつぐことを、なぜ断ったのですか?」
朝乃には、当主の座はあまり人気がないように思える。
「僕の憶測だけど、父はすでにドラド社CEOという役についている。CEOとコリント家当主を兼任したくなかったんじゃないかな。どちらも責任のある立場だ。あと、ごく単純にいそがしくなる」
さらに今のドラド社は軍需企業と言っていい。戦争に深く関わる企業のトップが当主になることを、嫌がる親族もいる。そういったことも考えたのかもしれない。
親族の中には、ドルーアと同じように星間戦争に否定的な人たちがいる。もちろん、肯定的な人たちもいるが。
「レーアは、だいぶ古風な考えの持ち主なんだ。『自分は女性だから、当主にはならない。男がやるべき』 そんな風に言って、断ったんじゃないかな」
露骨な性差別だが、レーアはそう信じている。それにコリント家ではたいていの場合、男性が当主になる。レーアは、前例を重んじるタイプだ。なのでやはり、当主の座を断るだろう。
「当主は、レーアさんの子どものフィンさんでは駄目なのですか?」
朝乃は、頭の中にコリント家の家系図を思い描きながら質問した。当主になりたい人はフィンしかいないのでは、と思う。やりたい人がやればいい。
「残念ながら、フィンに当主はつとまらない。彼には、能力が足りない」
ドルーアは断言した。冷たい言い方だった。ドルーアはフィンを嫌いなのかもしれない。逆に言えば、ドルーアとエマには、当主になれるだけの能力があるということだ。
「エマさんは、どういう方なのですか?」
朝乃は質問を続ける。ドルーアは、にこりと笑う。今度は、好意的な感じのする笑みだった。
「実は彼女と、ほとんど会ったことがなかったんだ。僕が子どものころ、――ニューヨークが産まれる前だったと思う、エマはヌールから出ていったから」
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