番外編(嫉妬と独占と)


森の中,朝の光に眼を覚ますと,彼女の長い栗色の髪が首に絡みついていた.
彼の隣で安心しきって眠っている.

よくもまぁ,男の傍でこれほど無邪気に眠れるものだ…….
呆れつつセイは,惰眠をむさぼるサラに声をかけた.
「サラ,起きろ.」
つい何日か前にあれだけ乱暴に抱いたのに,彼女には学習能力が無いのだろうか.
「朝だぞ,出発するぞ.」

すると,彼女はむにゃむにゃとセイには理解できないことを言う.
「う〜ん,あと5分.駄目なら,あと4分30秒だけ寝かせて.」
彼女はなかなか起きない.
初めて会った頃から,そうだった.

最初は遠慮して,彼女が目覚めるまで待っていたのだが…….
「さっさと起きろ!」
セイは乱暴に,彼女を揺さぶった.
「え〜,別に学校なんて遅刻してもいいもん.」
と,また寝ぼけ調子に意味の分からないことを言う.

銀竜が王城を破壊した後,セイとサラは再びエンデ王国を目指して旅をしていた.
今度は馬には乗らず,二人ゆっくりと西に向かって歩いてゆく.
彼女の歩調に合わせて…….

さすがに毎朝毎朝これでは,セイもいいかげんうんざりだ.
セイはなかなか起きないサラの上に覆い被さり,彼女の耳元で囁いた.
「起きないと,ここで襲うぞ.」
「ふひゃ!?」
サラは今度は勢いよく跳ね起きた,しかしすぐにセイに押し倒されてしまう.

「セイ! セイ,今起きたから!」
「遅いんだよ,お前は!」
と言って,彼は強引に彼女の唇を塞いだ.

長い口付けを終えると,彼女はすねた顔をしてセイを見つめていた.
「私,いつも思っていたんだけど……,聞いていい?」
今度は何を言うのだろうか……?
彼女の思考は,彼にとってはいまいち理解し難い.
「なんだ?」

すると彼女は決心したように彼に聞く.
「セイってなんか,慣れている?」
何の話だ?
「今まで,何人恋人いたの?」

セイは正直に答えた.
「俺自身の恋人はお前が一人目だぞ.」
彼のことをセイと呼ぶ恋人は,サラが初めてだった.
「嘘!」
彼女はなぜか責めるような顔つきで彼に迫った.

「じゃ,じゃあ,今まで何人の人と,その,あの,キスしたの?」
「はぁ?」
なぜそんなことを教えなくてはならない?
「大事なことなの,教えて!」
エンデ王国へ行くことよりも大事なのか,それは……?
彼は思い切り呆れた表情をしてみせたが,彼女は引き下がるつもりはないらしい.
しかたなく,指で数えてゆく.

彼自身には恋人は居なかった.
恋人たちは皆,セイとセシルのことを,セシルという一人の人間だと思っていた.
この世に彼らを見分けるものなど存在しない.
セシルの振りをして彼女たちを抱いても,罪悪感など感じない.
セシルの名で呼ばれても,寂しさなど感じない.

彼女の目の前で,彼の指が次々と折られてゆく.
「セイ! 今まで何十人の人と付き合っていたのよ!」
すると彼は生真面目な顔で答えた.
「だから今,数えているだろ.」
なぜ,言うことを聞いてやっているのに怒るのだ?

「ひどい,ばかばかばかばか……!」
今度はぽかぽかと拳で彼の胸を叩き出す.
「なんなんだよ,いったい?」
すると彼女にしては一生懸命にいやみったらしく言う.
「どうりで,キスがお上手!」
「お前は下手だな.」
簡単に言い返されて,彼女は赤い顔をしてぐっと言葉に詰まった.

……彼女は,彼とセシルを見分けることができるのだろうか?

「さっさと出発するぞ,準備しろ.」
「ちょっと待ってよ!」
慌てて寝床を整理しながら,彼女は言った.
あたふたと,しかしセイから見れば信じられないくらいに要領悪く,彼女は出発の準備をする.
その動作は無駄が多く,そして基本的に遅い…….
なぜこんな調子で今まで生きてこられたのか,セイにはよく分からない.

ふと,森の中に海の風を感じた.
彼の片割れの存在を感じる.
セシルは今ごろ,この国へ着いたのだろうか……?
銀竜などついていなくても,彼女をきっと欲しがるだろう.

俺たちは光と影.
俺たちは表と裏.
二人で一つの人生を生きる…….

サラが俺とセシルと見分けられなくても構わない.
決して二人を会わせない.

セシルに奪われる前に,サラは故郷へと帰す.
そうすれば,思い出の中で彼女は永遠に俺だけのものだ…….

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