竜を探して


第十一章 その深さ.


「よかったな.」
宿屋の外で,王妃に取り残されてただ立っているだけのサラにセイは言った.
「これで,お前は帰れる.」
その,なんてことのないセイの口調にサラは泣きそうになった.
私,帰りたいのかしら,帰りたくないのかしら…….

「セイは,あの……,私が……,」
サラは言いよどんだ末,別に聞きたくもないことを聞いた.
「セイは,……エンデ王国に行くのは初めて?」
するとセイは不思議そうな顔で答えた.
「行ったことはないし,これからも行くことはないだろうな.」
サラは驚いて,セイを見つめた.

割れた窓から,部屋の中のクランとエンデ王国国王の会話が聞こえる.
「しかし,そちらにはメリットは無いのでは?」
「いいえ,あります.」
国王の落ち着いた声が聞こえる.
「カイ帝国の侵攻をぜひともここで止めて,そして追い返してほしいのです.」

「セイはエンデ王国には一緒に行ってくれないの?」
サラの声が情けないくらいに震える.
「あぁ,あの国王夫妻は信用できそうだからな.」
セイの酷薄な物言いに,サラはなんというべきか分からない.

「貸し付けだなんて,ガロードのことをけちくさいと思わないでくださいね.」
王妃の明るく溌剌とした声が聞こえる.
「あなた方はきっと他国から施しや憐れみを受けて喜ぶような方じゃないと思ったから,貸し付けなんです.」

「じゃ,これからどうするの?」
「あぁ,どうせならセシルと徹底的に決別するために,クランに協力するかな.」
サラは咳き込むように言い返した.
「じゃ,私も手伝う!」
「なぜ?」
いらただしげにセイは聞いた.
「だって,心配……,」
「お前には関係ない.」

「それでは,後の細かいことはテディに任せてありますから.」
ガロード王は後ろに控える部下を見やって言った.
「分かりました.ありがとうございます.」
と言って,別れの挨拶をかわそうとクランは手を伸ばした.

突然.
「セイのばかぁ!」
ぎょっとして,彼らは窓の外を見た.
「なによ,心配しちゃ駄目なの? そばにいたいって思っていちゃ駄目なの?」
眼に涙をためながら,サラはセイに詰め寄る.
「何,意味の分からないことを言っているんだ?」
セイには本当に意味が分からないようだった.
その暗い緑の瞳を見つめて,サラは自分の想いの深さを知った.

私,この人が好きだ.
ものすごく好きだ.
離れたくない.

「うぅ…….」
そのままうつむいて,サラはぼろぼろと涙を流した.
すると横から声をかけられる.
「あのね,サラ.」
なぜか懐かしそうな顔をして,部屋の中から王妃が微笑んでいた.
「地球に帰るのは今すぐじゃなくてもいいから.帰りたくなったときに,セイさんと一緒にエンデ王国へおいで.」

するとその後ろからクランも言い添える.
「よく分からんが,そう無理に離そうとしなくてもいいんじゃないのか?」
責めるように周りから言われて,セイは憮然とした.
「なら,勝手にしろ!」
すると王妃はまるで言質を取ったかのように,にっこりと笑った.
「よかったね,サラ.」
それには答えず,サラは不安そうにセイの顔を見上げた.
そこには不機嫌そうな男の顔があった…….

「本当に護衛は要らないのですか?」
護衛も世話役もなく,ただ二人きりでエンデ王国へ帰ろうとする国王夫妻にクランは訊ねた.
部下であるテディ将軍は,むしろ当然のように国王たちを二人で旅させるようだ.
「えぇ,大丈夫です.ガロードはすごく強いから.」
するとにっこり笑って王妃が答える.
「クラン将軍,お会いできてうれしかったです.」
そして丁寧な言葉遣いで国王は別れの挨拶をする.

駄目だな,これ以上一緒にいると,この澄んだ瞳の王に忠誠を誓ってしまいそうだ.
苦笑してクランは答えた.
「私もです,エンデ王.」
そうして固く握手を交し合った.

ぼんやりとその光景を眺めていたサラに,王妃はまっすぐな視線を向けた.
「サラ,私にはあなたの事情とかは分からないけど,がんばってね.」
と言って,優しくサラを抱きしめる.
その腕の暖かさに,サラはつい泣きたくなった.
「……ありがとうございます.」

ただ二人きり,まるで只人のように歩き去る国王夫妻を見送ってから,クランはセイに聞いた.
「で,結局どうするんだ?」
サラはどきっとする.
「あぁ,ここに残るさ.ただし,サラには期待するなよ.」
セイはぽんとサラの頭を叩いた.
「こいつは戦場ではただの足手まといだからな.」

そう言われると反論のしようがない.
無限の魔力を,強大な力を持っているのは銀竜であってサラではない.

するとセイはサラの方を怒ったように見つめる.
たじろぐサラを見つめながら,セイはクランに言った.
「おい,気を利かせろ.」
するとクランは心得たように,にやっと笑った.
「へいへい.」

「じゃ,テディ将軍,部屋に戻りましょうか?」
クランは二人をおいて,テディと連れ立って宿の中へ戻っていった.

それを見やってから,セイは無言でサラの腕をとり,強引に町のはずれへと連れてゆく.
細い路地で人気がないのを確認してから,彼は怒鳴った.
「お前,何を考えているんだ!?」
その声にびくっと震えてから,サラは言い返した.
「私,帰らない,ずっとセイのそばにいる.」
「迷惑だ.」
すげなくセイは言った.

しかし,もう退いてはいられない.
サラは必死に言い返す.
「だって,お,お前は俺のものだって言ったじゃない.だから,私は……,」
呆れたように,セイは言った.
「もう愛してないと言ったらどうするんだ?」
「それでも,私は好きだもの.」
きっぱりとサラは言い返す.

「……家族は?」
方向を変えたセイの攻撃に,サラは言葉が詰まる.
するとセイは長いため息を吐いた.

見れば分かる,こいつは愛されて育ったやつだ.
俺とは違う…….

「分かった,サラ.なら,三つだけ約束しろ.」
セイはまっすぐに,サラの色の違う両目を見つめて言った.
「戦場には出るな,それから俺が死んでも絶対に生き返らせるな.」
「え?」
サラは青い顔をして,セイを見つめる.
「俺が死んだら,クランにエンデ王国へ連れて行ってもらえ.分かったな.」

「セイ,死ぬの?」
しかしサラの問いを無視して,セイは詰め寄った.
「約束しろ.」
「や,やだ.」
サラは必死にセイに抵抗した.

するとパンと,軽くセイはサラの頬をはたいた.
「言うことを聞かないと,引きずってでもエンデ王国へ連れて行くぞ!」
サラの瞳に涙があふれる.
「何よ,そんなに私のことを帰したいの?!」
そしてセイの顔から視線をそらしうつむいてしまう.
「セイなんて,好きになるんじゃなかった.」

でも,もう遅い…….
すでにその暗い緑の瞳に捕らわれてしまった.

するといきなり,つんと髪を引っ張られる.
瞳を上げると,セイがサラの,栗色の髪の一房に愛しそうに口付けていた.
サラは真っ赤になってセイの顔を見返す.
するとセイはにやっと意地の悪い笑みをみせた.

「愛してるよ,サラ.」
そうして強引に抱き寄せ,唇を重ねる.
「だから,俺の言うとおりにしろ…….」
その瞳に見つめられて,もうサラは反論を唱えられない.

なら,絶対にあなたを死なせない.
私のすべてをかけても守ってみせる…….

だって私の心はセイだけのものだから.

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