7 頭隠して、しり隠さず
ルーファスは、リヴァイラとの結婚をやめた。リヴァイラは嘆き悲しみ、食事ものどを通らないと、風の便りに聞く。しかし実際には、私の部屋で昼食の羊肉をほおばっている。
「殿下とうまくいっている?」
口の中のものをのみこんでから、彼女は質問した。
「うん。ただルーファスが、リヴァイラのことを気に病んでいて」
私は皿の上の肉に、ナイフを入れる。かちんと音がなった。
「こうするのよ」
真正面の席で、リヴァイラが見本を示す。私はそれにならって、再び肉にナイフを刺しこんだ。
「おととい、殿下から謝罪の手紙が届いたわ」
ナイフとフォークを器用に操って、リヴァイラがしゃべる。
「気にするな、と返事を送っておいた」
私は肉を、ぱく、もぐもぐもぐ。
「ついでに、私を哀れに思うのならば、涙をふくための絹のハンカチーフをくださいと書いたわ」
どこかで聞いた話だな。しかも木綿ではなく絹であるところが、リヴァイラらしい。
「われながらなんて寛大な、いい女なのかしら」
おっほっほっほと笑う。次にワインを飲んで、あー、おいしいとご機嫌だ。
「今日は殿下は、部屋に来ないのよね?」
私はうなずいた。
「午前中は会議で、午後からは城外に視察へ出るの」
だから私はルーファスと会えない。それは寂しいが、リヴァイラが遊びに来てくれるから、これはこれで楽しい。
私とリヴァイラの関係は秘密だ。特にルーファスには知られたくない。ふたりで示し合わせて、結婚をやめさせたなんて。
「殿下はいそがしいのね。――綾子の家庭教師は決まったの?」
「歴史の先生だけは決まった」
私は皿の上で、蒸したほうれん草と格闘する。
「歴史以外はまだ、王妃様が探している」
私が王子妃にふさわしい女性になれるように、王妃様は教育係を探している。そして社交界に、できるだけはやくデビューする予定。
「私が家庭教師になれたら、手っ取り早いのだけど」
リヴァイラはため息を吐いた。確かにそうだけど、さすがに無理だ。
「それよりさ、ゲイルとどうなったの?」
私はほうれん草から一時退却して、ワインを飲む。私もリヴァイラも酒には強くて、基本的には酔わない。
「あの後、彼といい雰囲気だったじゃない」
「そうね。交際を申しこまれたけれど、断ったわ」
「ええーっ! なんで?」
私は驚いた。
「だって彼は『君がこんなにもひょうきんとは想像していなかった』と言ったのよ」
ひょうきんですって、ばかにしているわ! と怒る。
が、あのときのリヴァイラは、ひょうきんとしか表現しようがなかった。ゲイルは開いた口がふさがらなかったし、私も、どう声をかけていいのか悩んだ。
「私はね、いろいろな男性を見て、いろいろな男性と付き合ってから、運命の人を決めるの」
彼女はふふんと笑って、目玉焼きをきれいに切り分ける。
「ゲイルが私の内面を評価してくれたのは、うれしかったわ」
テーブルマナーに関しては、よいお手本が目の前にいる。
「でも彼以外にも、私の中身を認めてくれる男性はいるかもしれない」
私は今度こそほうれん草を分解して、もぐもぐ、ごっくん。
「綾子みたいにひとりの男性を追いかけるのもいいけれど、私の性に合わないのよ」
「なるほど」
私は納得した。いろんな恋愛の仕方があるのだな。
「けどゲイルはお勧めだよ」
友情にあつく、気づかい上手。人間観察力や推理力まである優良物件なり。
「そうかしら? 一応、候補には入れておくけれど」
私とリヴァイラは笑いあった。
部屋のドアがノックされる。セーラがデザートを運んできたのだろう。
「入っていいよー」
ドアが開いた。
「午後の予定は中止になったんだ」
ルーファスが機嫌のいい笑顔で入ってくる。ナイフとフォークを持ったままで、私は固まった。リヴァイラのフォークから、卵が落ちる。ルーファスの口もとは引きつり、
「これは、いったいなんだーーーっ!?」
おたけびが上がる。
その後の騒ぎについては思い出したくない。真っ赤になって怒るルーファスに、だまされる方が悪いのよと笑うリヴァイラに、必死に謝る私。
とにかく私は、元気にやっています。次の満月の夜には、ルーファスと一緒に家に帰ります。
なので、お土産のリクエストをください。あと、私の好きなチョコレートのお菓子を買っておいて。ルーファスは、日本茶を飲んでみたいってさ。
ひとまず休学中にしている大学は、退学しようと考えています。ルーファスと結婚するから。私は、この世界で生きていくから。
私と彼の結婚式には、皆でお城に来てほしいです。まだ一年ぐらいさきだけど。また明日、手紙を送ります。
綾子より