リオノスの翼 ―少女とモフオンの物語―
5−1
翌日、瞳はシフォンに村まで送ってもらい、レートたち一行と合流した。彼らは予想以上に大所帯で、三十人か四十人ほどいる。王子の世話をする女官、調理人、医者、衣装係たちだ。
加えて、保護区に来た騎士たちはきらびやかなよろい姿だったが、ここではちがった。使いこまれた銃を肩にかけて、小ぶりの剣を腰にさしている。
そして馬車は、覚悟していたより揺れた。瞳はレートとともに一番立派な馬車に乗っていた。だが緊張していたこともあって、気分が悪くなり、王子の前で吐いてしまった。なので召使いたちの馬車に追いやられ、そこでも吐いた。
体調は最悪で、足もとはふらふらする。大きなかばんとともに瞳は馬車から追い出され、荷馬車に乗るように命令された。しかし運のいいことに、この馬車の御者たち、――おじさんふたりが同情してくれた。
「できるだけ揺れないようにするよ」
彼らは荷物の配置を変えて、瞳が布の上で寝ころべるようにした。おかげで瞳は、馬車の旅に耐えることができた。日が落ちかかり、街中の豪邸に馬車はとまる。瞳は彼らに、お礼として菓子を渡す。中に木イチゴの入ったクトレイズで、瞳はイチゴ大福と呼んでいる。
「ありがとう、君はいい子だな。料理も上手だし」
おじさんたちは照れたように笑った。
「いえ、私が作ったものではありません」
瞳は否定した。ロールたちが朝早くに起きて調理し、瞳に持たせてくれたものだ。
「正直者だ」
彼らは破顔する。ついで、明日以降も荷馬車に乗ればいいと勧めた。建物に入ると、家の主人である金持ちの商人が、満面の笑みで王子を迎える。
「ようこそいらっしゃいました」
これで休めると、瞳はほっとした。が、そうは問屋がおろさない。
「異世界の服を着てくれ」
レートの命令に、瞳は目をぱちくりさせた。セーラー服に着がえて、王子にエスコートされて食堂へ行く。そこで家の主人と家族、さらに親せきや友人とともに夕食を取った。もちろん、異世界やリオノスのことを話しつつだ。
食事が終わると、瞳はすっかり気疲れして、客室のベッドに倒れこんだ。悪夢を見るのではと予感したとおり、やみへ落ちていく。高校の生徒指導室で、瞳は担任の教師と向き合っていた。彼はひくつな笑みを浮かべている。
「君は友だちがいるのか? そんな暗い顔をしていたら、クラスのみんなだって困るよ。うちの学校には、いじめはないからね」
念押しをされて、瞳は何も言えずにうつむいた。場面は変わって、アパートの一室で、瞳は母親に責められていた。
「学校に行くのがしんどいなんて、子どものくせに生意気を言わないで。社会人になったら、もっと大変なのよ。私があなたを育てるために、どれだけ働いていると思うの?」
彼女はいらいらとしながら、スーツを脱ぐ。そして明日も残業だろうと、グチをこぼした。
「ニートや引きこもりになるぐらいなら、家から出て行ってちょうだい」
田舎の家の玄関さきで、祖母が近所に住む友人たちとしゃべっている。
「そりゃあ、瞳ちゃんはかわいいよ。私のたったひとりの孫だから。けれど、あの子さえいなけりゃ、娘は再婚できただろうと考えると」
彼女は、いやらしく笑った。夜の間中、瞳はうなされ続けた。朝、目覚めてからは馬車での移動だ。揺れる車内では、昼寝をするのは難しい。夕方になれば、馬車は再び街中の邸宅にとまる。
「お待ちしておりました、レート殿下」
邸の主人、――この地方の豪族らしい、は喜んで瞳たちを迎えた。瞳は休む間もなくセーラー服に着替えて、人の大勢いる席で話をする。豪華なディナーが並んでも、会話を強制されて、ほとんど口にできない。
食後は邸の子どもたちにねだられて、日本語のひらがなや漢字を教えさせられた。やっと解放されて寝室に入った後は、かばんの中の携帯食をかじる。疲れきって眠れば、悪夢をおそわれる。朝になれば、馬車に乗って移動する。日が暮れれば、屋敷に招かれる。
今回は、王家の端に連なる貴族だったか、船を何十と持つ交易商人だったか、過去にあった戦争で巨大な武勲を立てた将軍だったか。瞳は、同じ話を何度も繰り返した。
レートは悪人ではないが、自分の都合しか考えない子どもだった。なので瞳を気づかうことはない。瞳は昼も夜も休めない。体力も気力もすり減っていった。
(早く保護区に帰りたい)
夜は日本での悪夢よりも、サラやシフォンに会いたくて泣いた。
ふかふかのサラに抱きついて、リオノスの子どもたちと山で遊びたい。シフォンに笑いかけてもらって、ガトーに頭をなでてもらいたい。ロールに暖かいシチューを作ってもらって、ビターに木登りを教えてもらいたい。
瞳はみんなから愛されていた。瞳もみんなを愛していた。首都の城に着いたとき、瞳は倒れる寸前だった。
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