僕の彼女は魔法使いの娘である.
「宗治(そうじ)さん,夏風邪はまだ治らないのですか?」
入学したての大学1年生,ちなみにサークルの後輩であったりする.
「少し,しつこくてね.」
すると彼女は僕の手を取る.
「私がお母さんみたいに魔法が使えたら,すぐに治してあげるのに…….」
残念そうに微笑んで,僕の手を両手で包み込む.
彼女の母親は,テレビや雑誌で有名な占い師である.
もちろん魔法など使えない,しかし彼女は信じているのだ.
母親が魔法使いであると…….
「ありがとう,麻美(あさみ)ちゃん.」
僕は彼女の癖のない髪をくしゃっと撫でた.
純粋培養というのか,天然素材というのか,
「ここでお礼を言うのは変です!」
ぷぅと頬を膨らます.
「私は何にもしていないのに!」
彼女のせりふに僕は思わず吹き出した.
付き合って1ヶ月半,最初,友人たちには「お前があんなタイプと付き合うとは……,」とびっくりされ,今では「お前,なんだか変わったよ……,」と飽きれ半分に言われる.
だってさ,仕方ないじゃないか,彼女は僕専用の魔法使いなのだから.
風邪の一つや二つぐらい,その愛らしい仕草だけで治してしまう.
「麻美と別れてください.」
短い髪がとんがっている,そしてそれ以上に目が釣りあがっている.
「おはよう,海(うみ)君.」
僕は愛想良く挨拶を返した.
ほぼ毎日繰り返されている海君の別れてくれ発言である.
「海! 何を言っているのよぉ!」
彼女がぷりぷりと怒り出す.
どうでもいいことかもしれないが,彼女が怒ってもまったく迫力は無い.
「毎日毎日,しつこいってば!」
海君と彼女はいわゆる幼馴染というやつである.
「麻美,分からないのかよ!」
海君も同じサークルの1年生,かわいい後輩だ.
でも僕たちは,周りから見れば三角関係のもつれに見えるかもねぇ.
「宗治先輩はお前を馬鹿にしているだけだって!」
「してないよ.」
僕はとりあえず口を挟んだ.
なんでも信じやすい彼女のために,誤解は早い目に解かないとね.
熱血漢な海君は,彼女に恋愛感情を抱いているわけではない.
「嘘つけ! 魔法だのおかしいことを言う麻美を馬鹿にしているんだろ!?」
純粋に幼馴染として,彼女のことを心配しているのだ.
ちなみに彼女には心配性の友人がたくさん居る…….
「本当に麻美のことを想うのなら,魔法なんか無いって,」
「魔法は存在するよ.」
僕のせりふに彼女の瞳は輝き,海君は怪訝な顔をする.
「見てごらん,」
右の手のひらを彼らの前に差し出す.
「1,2の……,」
ぐっと握って,ぱっと開く.
「3!」
手のひらに出現した1本の黄色のマーガレット.
「手品じゃないか…….」
海君は呆れた声を出す.
「……そうとも言う,」
僕は意地悪くにやりと笑ってみせる.
「すっご〜い,どうやったんですか!? 教えてくださいよ!」
彼女一人,おおはしゃぎだ.
海君は脱力したように,ため息を吐いた.
「……このペテン師.」
う〜ん,できれば魔法使いと言ってほしい.
「もう,いいよ…….」
がっくりと肩を落として,海君は去る.
「え!? 海,一緒に手品の種明かしを聞かないの?」
彼女のせりふに,海君がずっこけたのは言うまでも無い…….
マーガレットの花を渡すと,彼女はうれしそうに花瓶に飾ると言う.
彼女のせりふには決して嘘や裏が無い.
きっと大切に飾ってくれるのだろう.
「あー,だから宗治は変わったんだな.」
一週間後,サークルの部室で空(そら)は言った.
ちなみに海君の兄である,麻美ちゃんは海君と一緒にこのサークルに入ったのだ.
「確かに麻美ちゃんは正直だものなぁ……,」
恥ずかしい話だが,僕は一時期すごく人との間に壁を作っていた.
まぁ,僕の抱える小さな秘密のせいだったのだけど…….
「宗治さん,」
すると,ドアのそばから泣きそうな声をかけられる.
「どうしたんだい?」
僕はあわてて駆け寄った,彼女がうるうるした目で僕を見つめているのだ.
「すみません,マーガレットを枯らしてしまいました.」
そりゃ,1週間も経てばねぇ…….
両手に大事そうにしおれてしまったマーガレットを持って,彼女はだいぶショックを受けた顔をしている.
本当に,大切に大切にしていたのだろう…….
仕方ない……,僕はきょろきょろと周りを見回して,誰もこちらのほうを見ていないことを確かめた.
「見てごらん,」
そっと手を,彼女の小さな両手に重ねる.
うつむいた彼女の耳たぶが赤くなり,僕まで照れさせる.
しかし,僕はマーガレットの方に意識を集中させた.
そうしてマーガレットにエールを送るのだ.
元気になれ,僕の力を少し分けてあげるから,と.
彼女の小さな手の中で,マーガレットの花が生気を取り戻す.
枯れてかさかさになっていたはずの花は再びみずみずしく輝きだし,復活の喜びに花粉さえも舞いそうだ.
彼女は瞳をぱちぱちさせて,僕の顔を見上げてきた.
「ちゃんとタネはあるよ.」
タネは愛情です,なんて恥ずかしいことはさすがに言えない.
マーガレットがありがとう,ありがとうとささやくように歌っている.
いえいえ,お礼はどうぞ彼女の方へ言ってください.
なんせ,僕は,
「僕は君専用の魔法使いだからね.」
いまだ驚いたままの彼女の髪をくしゃっと撫でて,僕は笑った…….
||| ホーム |||