そう,いつだって夢見ている.
あの横顔が私の方を向いて,笑ってくれるのを.
「瀬名(せな)くん!」
朝の通学電車の中で捕まえる.
混雑した車内,多少強引に隣のスペースに割り込んでゆく.
「おはよう,瀬名くん!」
愛想よく笑顔で話しかけても,片手で読んでいる本から軽く目を上げるだけで無視してくれる.
それが私の好きな人だ.
「おはようございます.」
返事はいつも下から返ってくる.
「おはよう,繭(まゆ)ちゃん.」
瀬名くんの妹の繭ちゃんだ,有名な私立の小学校に通っている.
「今日は暑いね,繭ちゃんの学校はまだ冬服なの?」
おとなしい繭ちゃんは,はにかみながら小さく頷いた.
う〜ん,無愛想なお兄ちゃんと比べるとかわいい妹だ.
一方,瀬名くんの方は通学時間は読書タイム.
私と繭ちゃんの会話にはまったく参加してこない.
高校生なのに,妹と一緒に電車に乗ってくれるいいお兄さんだと思うのに.
すると,瀬名くんが繭ちゃんの肩を叩いた.
ひとつ座席が空いたから座れ,ということらしい.
繭ちゃんが座ったのを確認した後で,私は勇気を持って瀬名くんに訊ねてみた.
「ねぇ,いつも何を読んでいるの?」
読書の邪魔をされて,瀬名くんの眉がかすかに険しくなる.
うわぁ,聞くのじゃなかった…….
「シドニー・シェルダン.」
「え?」
何? シドニーって,……オーストラリアの本?
「シドニーオリンピック?」
瀬名くんが呆れた顔を向けてくる.
「あんた,本を読まないだろ?」
「よ,読むもん.」
漫画は本だもの,……多分.
瀬名くんは観察するように,私を上から下まで眺め渡すと,
「嘘つけ.」
再び本の世界へと帰ってゆく.
あぁ,本日の会話終了だわ,これで…….
がっかりとしていると,フォローするように繭ちゃんがもじもじと話しかけてくれる.
「あ,あのね,」
実は私と瀬名くんの出会いのきっかけは,この繭ちゃんだったりする.
電車の中で貧血を起こした繭ちゃんを助けたのが,始まり.
「お兄ちゃんは,ハリー・ポッターも好きだよ.」
あ,それなら映画で観た!
「丸い眼鏡の男の子!」
「映画で観たんだろ?」
瀬名くん苦笑,そして大正解.
そう,いつだって夢見ている.
瀬名くんが繭ちゃんに優しいように,私にも優しくしてくれる日を.
「瀬名くん!」
いつも,朝の通学電車の中で捕まえる.
毎朝,気合を入れての早起き,瀬名くんと同じ時間の電車に乗るために.
「おはよう,瀬名くん!」
愛想よく笑顔で話しかけても,片手で読んでいる本から軽く目を上げるだけで無視してくれる.
けれど,どうしてもそれが私の好きな人だ.
「おはようございます.」
返事は今日も下から返ってくる.
「おはよう,繭ちゃん.」
瀬名くんの妹の繭ちゃんだ,まだ制服は冬服らしい.
「今日は,」
するとごつっと後頭部に鈍い痛み.
「え?」
振り返ると,瀬名くんがハードカバーの分厚い本を持っていた.
「汚すなよ.」
手渡された本は,よく本屋さんで見かける魔法使いの物語.
「貸してくれるの!?」
嘘!? すっごくうれしいんだけど!
「読めるかどうか,知らないけど.」
しらけた目をして,瀬名くんはもう一冊の本を鞄の中から取り出す.
げ,続きものなの……?
「よ,読むもん.」
ぱらっとページをめくると,あ,文字が大きいじゃない.
「余裕,余裕!」
けれど瀬名くんは冷静に,私を上から下まで眺め渡すと,
「嘘つけ.」
再び本の世界へと帰ってゆく.
一歩前進? でもって会話終了? また今日も…….
そう,いつだって夢見ている.
私と瀬名くん,楽しく会話が弾むなんてものを.
「瀬名くん!」
だから,朝の通学電車の中で捕まえる.
魔法の杖を手に入れた少年のために,寝不足の目をしているけれど.
「おはよう,瀬名くん!」
やっと夏服になった繭ちゃんをさりげなく人ごみから守っている.
それが私の好きな人だ.
Please, please give me a little little love.
The B.L.T. love, it 's everyday!
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