曖昧な僕ら07


家の前に止まった軽自動車.
その助手席から出てきた香月さんを見た瞬間,僕は平常心を失った.

「香月さん!?」
乗っていた自転車を放り出して,僕は駆け出した.
「おぉ,今日は帰りが早いのだな,一樹.」
香月さんの笑顔はいつもどおりだ.
「今日は練習が無くて.……香月さんこそ,どうしてこんなに早くに,」
いつもはもっと夜遅くに大学から帰ってくるのに,
「今日は加藤に付き合って,ちょっと買い物へ行っていたのだ.」
するとひょっこりと運転席から,加藤先輩が顔を出した.

「ダブル斉藤カズキ(カヅキ)じゃないか!? 同姓同名,香月ちゃんと仲良くやっている?」
楽しげに問いかける,そんなの,あんたには関係ないじゃないか.
「……え? 一樹?」
加藤先輩の顔が引きつる.
僕はクラブの先輩に挨拶もせずに,家の中へと入った.

バンと乱暴に扉を閉める.
台所から聞こえる静江さんのおかえりなさいの明るい声に,なんとか答えて,2階の自分の部屋へと駆け上がった.
部屋の中に入ると,鍵を閉めて,そのままずるずると座り込む.
すると案の定,階段を駆け上がる音がする.

「一樹!」
どんどんと部屋のドアを叩く.
「なぜ,怒っているのだ!?」
なぜあなたは追いかけてくるのですか?
泣きそうな顔で高校まで迎えに来て,抱きしめても抵抗しなくて,キスをしても怒らなくて……,

「一樹,開けてくれ! 部屋の中へ入れてくれ!」
だから期待してしまったじゃないですか.
香月さんは,加藤先輩の彼女なのに…….
いや,違う.僕が悪いんだ.
最初から香月さんは,加藤先輩の彼女として僕の目の前に現れたではないか.

僕はドアを開いた.
予想通りの顔をした香月さんを捕まえて,部屋の中へと引きずり込む.
「僕は香月さんの何なのですか?」
怯える香月さんの両肩を掴んで,僕は聞いた.
「お,弟だ,」
嘘だ,香月さんは嘘をついている.
「この前,体育館で分からないと言っていたことは分かりましたか?」

香月さんはおどおどと瞳をさまよわせた.
「まだ分からない.いや,それどころかデータが不十分だ,もっと研究しなくては,」
「データならいくらでも提供します,」
僕は香月さんに口付けた.

強く腰を抱き寄せ,長い髪を撫で付けるように後頭部を抱く.
香月さんの震える指が,迷子のように僕の胸を掻き掴む.
唇を離すと,香月さんは一瞬呆けたような顔をしてから,恥ずかしげに俯いた.
「お主の行動は私には分からない.いったい私に何を求めているのだ?」
俯くと長い髪が香月さんの顔を隠す.
僕はその髪を掻き揚げて,聞いた.
「僕が知りたいのはひとつだけです.」
これだけは曖昧なままにはしておけない.

「香月さん,あなたの心はどこにあるのですか?」
すると澄んだ瞳が見上げてきた.
濁りの無い純粋な瞳,初めて会ったときも思ったけど,この女性はなんてまっすぐに僕を見つめるのだろう.
「ここに……,」
どれだけ考えても分からなかった数式の答えを得たように,
「生きているお主の中にある.」
そっと僕の胸に触れて,香月さんは微笑んだ.

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